大判例

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東京高等裁判所 昭和60年(う)1457号 判決

本籍

東京都渋谷区東四丁目二七番地

住居

静岡県熱海市春日町一三番二〇号

団体役員

田栗敏男

大正三年四月二二日生

右の者に対する法人税法違反被告事件について、昭和六〇年九月六日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官土屋眞一出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人木幡尊名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

所論は、要するに、原判決の量刑は、刑の執行を猶予しなかった点で、重過ぎて不当である、というのである。

そこで記録を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討するに、本件は、社団法人アメリカン・ソサエテー・オブ・ジャパン(略称ASJ)の理事長である被告人が、丸勝商事株式会社の代表取締役である城所俊雄及びその知人である冨永覺男と共謀し、丸勝商事株式会社の法人税を免がれようと企て、同会社の株式会社三井の森に対する約一万坪の土地の売却過程でASJが丸勝商事株式会社から一旦これを購入して株式会社三井の森へ転売したように仮装し、丸勝商事株式会社の土地譲渡益のうち四億円を圧縮記載するなどした虚偽過少の法人税確定申告書を所轄税務署長に提出して二億三三五九万円余の法人税を免れた、という事案であって、逋脱額も逋脱率も高い(九三・八六パーセント)うえ、被告人の果した役割は、本件逋脱を行うに当たって欠くことのできなかった重要な部分であり、しかも被告人は、業務上横領、贈賄、詐欺、不動産侵奪等による懲役刑(いずれも執行猶予付)の前科(ただし、うち三犯は昭和四〇年以前に宣告されたもの)を有し、本件は右不動産侵奪罪の前科(昭和五四年一二月二〇日宣告、懲役二年、四年間執行猶予)の執行猶予期間内の犯行であることを考慮すると、その刑責は重大というべきである。したがって、他面において、被告人は、本件の主謀者ではなく城所の依頼によって加担したものであること、事実をすべて認め反省の情を示していること、本件によって得た利益を丸勝商事株式会社に返還する予定であること、高齢で心臓病等に罹患し、本件の訴追による精神的な負担に加えて、肉体的にも重圧を受けていること等、所論指摘の事情のあることを十分考慮しても、被告人を懲役一年の実刑に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 森岡茂 裁判官 阿部文洋)

○ 控訴趣意書

法人税法違反 被告人 田栗敏男

頭書被告事件につき、弁護人の控訴趣意を左記の通り提出致します。

昭和六〇年一二月二四日

右弁護人 木幡尊

東京高等裁判所第一刑事部 御中

本件控訴の趣意は、被告人に対する量刑につき、貴裁判所の御寛大なる御配慮を頂きたい、と言うに尽きます。

以下御配慮頂きたい理由等につき順次申上げます。

一 本件公訴事実は被告人の捜査当初来認めるところであり、公訴自体に争いはない。

被告人は捜査官作成の供述調書記載によると、淡々として事実を認め、少なくとも記憶のあるものは、その通り供述し、又余り記憶のないものは、当時の相被疑者或は書証等関係証拠の対照により成る可く正確に答えた事が窺知出来、決して嘘を言ってその場は糊塗する風がないことが判る。

二 被告人が本件犯行に至るについては、被告人は受動的立場であり積極的に加担した点は認められない。

即ち、丸勝商事株式会社代表者城所(以下城所と称する)は、本件で利益を生む土地の買付の時点から策を弄し、将又実測、地積訂正等についても同様であり、譲渡益が莫大になるを見越して、終局的な売買成立以前から脱税工作を考慮し、原審相被告人冨永と謀り、被告人が代表者である公益法人通称ASJを利用することを考え、被告人に話を持掛けた事は証拠上明らかである。

その方法として丸勝商事株式会社からASJが買い、それを大和不動産株式会社に売却し大和不動産株式会社が株式会社三井の森に売却した体裁をとる、ASJに利益が四億円程残る様に契約書等を作成し、その二割の八〇〇〇万円をASJに謝礼として渡す、偽装の裏付証拠を残すため被告人(ASJ)に一旦代金を入金させるので返還を確実にする方法についての配慮、等々、すべては城所が考案決定したものであり、被告人は只ASJを通せば税金がかからない等言って城所の要請に従ったに過ぎない、次いで、国税調査の段階で城所の二億六千万円の隠し預金が発見され、罪証隠滅工作が始まった訳であるが、右罪証隠滅工作も、城所が国税調査官に嘘を言い、その嘘を裏付けるための方法として同人が考案し、従って方法の具体的内容、操作金額等の決定は城所に於て決定したものであり、これ又被告人は城所の決定に従って操作に加担したものであり、被告人が積極的に主導的役割を演じたものではない。

原審判決は、被告人が本件に至る責任として、被告人は日頃「ASJは公益法人でありASJを通す取引きには税金がかからない」等の発言をして脱税を慫慂していた云々と判示している。

被告人に前記原審判決の判示に相当する行為が全然なかったか否か、となると城所が依頼して行った事実から完全に否定することは出来ないかも知れない、然し、被告人は税知識がなく当時本当に公益法人の全取引きには課税されない、と思っていたふしもあり、元来が寄付会費等を活動資金の主力としていた公益法人であるから、なにがしかの寄付金相当の金をASJに入る方途を考える上で多少オーバーに話したこともあり、それが誤解されたもので脱税を日頃慫慂していた、と言う訳ではない様である。

現に本件記録上は、城所が被告人関連会社経営の長寿会館の酵素湯に入湯した折、被告人が前記の趣旨を述べたのを聞いたことがある、と言うに過ぎない。

被告人は前述の如く税知識がなく、公益法人の全取引きには課税されない、と思っていたところを見ると、それ迄ASJを利用した脱税工作等はなかったものと思はれる。

あれば、その時点で公益法人の取引きでも、一般利益を目的とする取引きには税率はともかく課税されることを知る筈であるからである。

三 次に原審判決は、被告人が「罪証隠滅工作に奔走する城所から種々金を出させよう、と企図した」旨の判示をする。

成程、城所の捜査官調書記載には、右に符合する供述があり、且つ現実に五〇〇〇万円の金が被告人の手許に残っている事は間違いない。

然し、城所の供述は、自から脱税工作に狂奔するが被告人が、必ずしも容易に積極的に協力しない、と言ういらだたしさ、と同人の金銭に対する異状な執着心から来ると思はれる他人への猜疑心を度外視しては正確な判断を誤る様に思はれる。

被告人は脱税につき国税局の調査が入ったことを知り、独自に伝手を通してその内容を調査し、処置等についても知人、友人、専問家の意見を徴したのである。(内容は他人に迷惑をかけるため捜査当時も公判でも主張しなかった。)

そして、城所の要請に押し切られる格好で罪証隠滅工作に加担することにはなるが、前記専問家等の調査結果から見て躊躇した点もあり、それがあせっている城所から見ると。ずるずる引延ばして居る如く見え、調査等の費用を要求すれば、金の無心とうつったものであろう。

然も被告人は本件捜査当時高血圧に苦しみ(最高二二〇位)只々、原審相被告人等の供述を基とした検察官の質問に諾々と答えた由であるから、細かい部分について十分の説明が出来なかった点もあり、一方的に城所の主張或は供述が原審で措信させる結果になったものと思はれる。

城所がASJから麹町税務署長宛納税のための申告書を提出する様被告人に強く求めていたのに、被告人が早急にしなかった、と言う点も城所は不満であり、被告人の金銭の要求とのからみで供述されている。

然し、被告人としては、当時申告すれば、ASJとして多額の税金を納付しなければならないことが判って居り、ASJとしては左様な金はないのであるから、罪証隠滅工作に対する援助と言っても容易に出来ない、然も前記専問家達の意見では、今更工作をしない方が良い、と言うものであるから、被告人としては躊躇するのが当然である。

被告人としては申告する以上納税すべき金が現実に城所からASJに交付される、或はされることが間違いない状態でなければ申告出来なかった筈である。

然るに、城所は左様な事は考えず只々被告人に早急な申告書の提出を求め、二億六千万円と言う金額は国税調査官に自からのかくし預金を発見され、ASJから借りた、と嘘を言ったために一旦ASJに返還する工作を必要として出来上った金額であるのに、ASJに渡したら、返らないのではないか、と猜疑し、然もASJが申告して支払うべき税金は最初脱税工作費として自らASJに支払った八〇〇〇万円を以って当てよう、との心積りだった訳であるから、事態は益々進展しなかった。

最後には、城所は銀行預手五〇〇〇万円と手形で二億一千万円を被告人に交付することで、被告人は申告に及んだが、右手形は不渡りになり、城所に於て財産等相続紛争により仮処分されている情況から、ASJが納付すべき税金相当額を城所がASJに交付することは不可能と見て、被告人は申告を取下げたのである。

そのため、五〇〇〇万円が結果的に被告人(ASJ)に残ることになった訳である。

以上要するに、被告人が城所の弱みにつけ込んで金負の交付を求めた、と直ちに判断するのは早計と思はれる。

四 被告人は、前記八〇〇〇万円及び五〇〇〇万円合計一億三千万円を丸勝商事株式会社に返還を約し、右返還金に見合う担保を供し利息金も支払って居ります。現在は担保不動産の売却により売却代金で返還すべく努力して居り(権利関係整理等阿部弁護士担当)早急な解決を計り、右返還の証を貴裁判所に提出して最終御判断を仰ぐべく奔走して居ります。

五 被告人にとって最も不利な点は本件が執行猶予中に惹起された、と言う事であろうかと思はれます。

この点は、本弁護人もなんとも弁解のしようがない点であり、原審判決は「十分自重自戒すべきであるにもかかわらず」と判示して居り誠にもっともな判示と思はれます。

然し、敢えて被告人のため有利な点を考えて見るに、被告人は大正初期に生れ、旧制中学を卒業すると中国大陸に学び、その後も日中関係の仕事にたずさわり、所謂大陸浪人的な、小さな事に余りこだわらず、頼まれればおうーと言う具合に、鷹揚に構える風があり、且つ税知識も余りなく先方が八〇〇〇万円もくれる、と言う事だから、と余り犯罪意識もなく引受けて了ったのではなかろうか、とも思はれ、不謹慎と言えば不謹慎であるには違いないが、その辺の心理構造が多少現代の若者と違う点もある様に思はれます。被告人の検察官作成供述調書により、被告人の本件を認める過程の記載を見ると、余りにもあっさりして居り、前述被告人の性格が窺知出来る様にも思はれます。いずれにせよ被告人は、この点につき今更ながら、利を見ての軽卒を深く反省し、取返しのつかない事をして了った、と侮んで居ります。

六 現在の被告人は過去はどうあれ、高血圧と心臓病に悩む一老人であります。

被告人の経歴を見れば、前記大陸浪人的素質と言うか、普通人よりは荒っぽい過去を持っている様にも思はれます。

然し、被告人自身どう考えよう、と今は過去丈を頼りの斜陽の人である事には間違いない、と思います。怒涛の人生を歩んでも過ぎて了えば、残火にほとぼりを求める老人に過ぎません。今の被告人は病気と共に只々服役の恐怖におののき後悔し、反省して居る丈であります。

本件発覚後、捜査、公判、判決と続き、その間の病身に受けた重圧は、服役にも優る苦役だったろう、とも思はれます。

以上諸般の事情を申上げましたが、貴裁判所の御温情ある御措置により、被告人に再度の執行猶予の御判決あらん事を御願い申上げます。

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